朝礼って本当に必要? そんな疑問を持つアナタに回答します

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朝礼って本当に必要? そんな疑問を持つアナタに回答します

 

ある程度の規模を持つ会社の多くには『集会』とも呼ばれる集まりの場があります。

各集会は集まる時間に合わせた時間帯で『朝会・昼会・夕会』と使い分けられ、
会社や事業所の方針にもよりますが、1日数回行う場合もあるようですね。

ただ、僕の見てきた感じでは圧倒的に毎日どこかで1回の集いが基本であり、
各日複数行う場合は交替班がそれぞれの業務開始時に行うため、
考え方は『1日1回』で良いかと思われます。

 

おはようございます。すえです。

 

毎日の集会に対して色々と疑問を持つ声はよく耳にしますが、
その多くが

『集会を行う意味』

といった、その目的を根底から疑問視する話に偏っているようです。

つまりは集会各種に対して
意味が無い・参加の理由が解せない
という事ですね。

 

もちろん、会社の目線としては立派な目的があって然るべきですが、
肝心の集合理由を説明する場というものは設けられていないという現状もあります。

 

という事で、僕がこれまで僕が質問を受けた事のある

『それぞれの疑問』

というものを、僕なりに解釈して説明したいと思います。

自慢出来ない話として僕が転職だらけの人生という事もあり、
それなりに解釈した各集会の存在意義を総合した話ですので、
中にはあなたの会社の集会に置かれるべき理念から大きく外れた内容も出て来るかもですが、

『そういった理由で集会が設けられている会社も存在する』

と考えて頂ければ幸いです。

 

なお、この場で表現する各集会は朝礼と限定させていただきますが、

もちろん朝礼以外の昼礼・夕礼・夜礼など、
様々な集会の場にも通用しますので安心してくださいね。

中には多少厳しい表現も出てくるかと思いますが、
そういった表現の先にあるものを理解できれば全て納得いくはずですよ。

では参りましょう。

そもそも『朝礼』を行う意味が解らない

朝礼の存在意義が理解できないという方は多くいるようです。

まずはここから解説しましょう。

朝礼の存在理由

会社によってその存在意義は様々ですが、
まずもって念頭に来るのが社内の社交性の欠如回復とその助長が挙げられます。

いっぱしの社会人でありながら『挨拶』が出来ない人というものは驚くほど多いものであり、
例えば朝一の挨拶でもある『おはようございます』が言えない人があまりにも多いという印象は否めませんね。

挨拶は他人との交流の第一歩的存在でもあり、これまで様々な人と接してきた僕の体験上でモノを言えば、
これが出来ない人間に輝かしい明日は無いものと断言できます。

何も問題が無いと思える中で挨拶は必ずしも必要ではないでしょう。

ですが、何か問題が発生した場合に誰かにその回答を求める際、
挨拶も出来ない人間に誰が正面から誠意を見せるかという疑問が生じます。

挨拶が出来ないという事は相手の声を認識できないという話でもあります。

つまり同じ会社内という空間に存在しながらも他人という間柄ですね。

下手をすると存在してる事にも気付かれない場合もあります。

そんな他人同士がどうやって質問し、どうやって回答するかという話ですね。

朝礼の場では半強制的に挨拶を行う場面がありますので、これが朝礼を行う1つの理由と言えそうです。

社訓の確認

多くの朝礼に付いてくるのが社訓や顧客対応心得、営業方針といった会社理念とする方針と言ったところではないでしょうか。

これはそれぞれの会社の最低限持たなければならない習わしのようなものであり、
これを意識しないと組織としての意味があっという間に崩壊してしまう危険性があります。

ある種の洗脳と言われればそれまでかも知れませんが、
全ての会社は何かしらの理念が伴わなければ1つの方向を向けない性質を持ち合わせるため、
日々の確認として社訓などが導入されるケースは多いようです。

加えて言えば、この社訓を言う事に反感を持つ場合は会社の意に沿わないと表明しているようなものですので、
当然ながら社内から敵視されたり、待遇の面で劣る場合もあります。

業務連絡

社内の状況は時間経過と共に変化します。

常時、逐一のタイミングで全体に通知できれば問題ありませんが、
リアルタイムで変動する内容はそれが叶わず、
仮に叶ったとしても1人1人に言い知らせる行為は現実的ではありませんね。

こういった情報の共有という理由で朝礼が活用される場合があります。

特に一夜明けた新規情報は前日の内容と大きく変化している場合もあるため、
話題の内容に関わらず注意して聞く事をお勧めします。

出欠確認

会社の勤怠表記録の方法にもよりますが、朝礼時点で各リーダーが部門内関係者の勤怠を目視によって確認したり、名簿片手に出欠確認を行う場合があります。

この場合の朝礼となると、その場に居ない人物は欠席や遅刻の扱いになるため、
この時点で集会の存在理由は満たされますね。

朝礼を行う事によって何を得られるか?

面倒な各集会ではありますが、見方によっては様々な利点があるものです。

情報共有

全体が知って然るべき情報の多くは各自に伝えるのではなく、
文字通り全体が集う場所で一回で情報を発信した方がブレがなく、正確なものとなります。

伝言ゲームなどを思い出せば解りやすいものですが、
人づてに伝わる情報はどこかで誤認識を与える場合が少なくなく、
その誤った情報は後の順番になるほどおかしな情報となります。

これを防ぐ意味合いで全体に一括して同じ情報を正確に伝えるために
朝礼というものが開かれる場合も少なくありません。

人見知りの改善

同じ社内で働きながら、誰とも分らない人物が紛れ込んでいるのはそれだけで謎ですね。

人の性格は多岐に渡りますが、その中には人間恐怖症などの理由で人を避ける傾向が強い人物も存在します。

ただ、少なからず協調性を求められる組織内においてはこれを仕方がないという一言で片付けられる筈もなく、
何かトラブルに見舞われた際にそういった人物の周辺の発見や改善に気付くのが遅くなる事は十分に考えられる事です。

なので、同じ社内の人物という理由で朝礼などの集会の場が設けられ、
半ば強制的であってもルールとして平等に姿形を全体の場に出させ、
声を発する機会が設けられるわけです。

他部門とのコミュニケーション

全体が集うという事は他部門の方も一ヵ所に集まる事を意味します。

好感度の度合いを無視しても、気になる人物というのはどこかに居たりするものでしょう。

通常、部門同士で隔離される状況下の会社ではこういった出逢いは少ないものですが、
単に毎日の通過儀式の中にも出逢いはあるものです。

朝礼に参加したくない

僕がこれまで見聞きした質問には、
質問というよりは不参加で通したいという考えが少なくない数で存在します。

一言に朝礼に参加する事自体が面倒…という話であれば何となく理解できる話ではありますが、
そういった考えを表向きにする方の多くは人間関係の構築に悩んでいる人に見受けられます。

人前が苦手

人間関係を苦手とする人物は少なくなく、例えば僕個人もそんな感じです。

相手から第一声を待つばかりでこちらからの挨拶は異常なほどに難しく考えてしまう過去が長年に渡ってありました。

朝礼という全体が集う場所は、そういった問題を抱える人物にとってある種の救済処置ともなります。

否応なしに挨拶から始め、余計なお世話感覚で一言スピーチなるものもセットになりますからね。

人に向けて言葉を発するのが苦手という念が拭え切れないのであれば、
いっその事、独り言として声を発するのはどうでしょうか?

いずれにしても朝礼が存在する会社での朝礼回避の問題で言える事は

『諦めろ』

という事です。

あがり症である

実はあがり症の気持ちは理解できます。

僕自身が未だにあがり症ですからね。

今でこそ滑り出しの口調は安定させる事ができますが、
30秒も全体の場で話し続ければ次第に声が上ずってくるものです。

ですが、毎回そんな感じだと周知されるもので、
上ずって当たり前というか、少しばかり堪えた笑い声が聞こえたりするんですね。

僕の場合はそういた反応を逆に利用し、『黙れ』という意味で手を置きく振ったりしますが、
これが返って大きな笑いを呼び起こし、周囲からこちらに話しかけてきたりします。

結果、同じあがり症でもある意味での人気上昇の種となるため、
自分があがり症と思うのであれば、その殻の脱出法を探せば良いだけの話だと考えます。

毎回のスピーチをしたくない

多くの朝礼について回る、非常に厄介な存在が『一言』や『スピーチ』と表現される内容でしょう。

自分で話の題材を考え、それを口にするというものです。

スピーチの内容は会社によって限定される場合もありますが、
多くの場合が基本的に自由です。

ですが、この『自由』という範囲が返って定めるポイントが無いという意味をなすために難しく考えてしまい、
極論すれば『面倒・やりたくない』という判断に至る訳ですね。

ここでは僕が実践する毎度の朝礼の話題作りをいくつか紹介しますので参考にどうぞ。

整理整頓の話題

人が集まる場所は必ず汚れます。

人が何かをする度に物は必ず移動するわけですが、
移動した物が必ず所定の位置に戻されるという保証はありません。

移動した物が所定の位置に戻されない多くの理由は『うっかり』ですが、
このうっかりを見過ごすとたちまち会社内部の作業性は低下します。

こんなうっかりを見付けた際に、

『こんな事に気付きました』

『気を付けましょう』

と付け加えるだけで、その日のスピーチは完成します。

ついでに自分はいつも見ているよ、と言うアピールにも繋がります。

メディアの話題を持ち出す

世の中は確実に時間が経過するもので、明るくも暗くも話題が溢れています。

偶然目にしたニュース内容を言ってみたり、
自分が気になった話題を質問として全体に問い掛けるのも立派なスピーチです。

内容を知らなった人には新しい情報として発信できますし、
内容を知っていた人に対しては共感されるなどの話題延長からの人間関係の構築にも繋がります。

日常や趣味を公開する

人にはそれぞれの時間帯があるもので、
例えば隣の人物が固有の時間に何をしているかの詳細なんてものは誰も知りませんね。

こんな他人が気になりそうな自分の生活内容を披露するのもスピーチの1つとなります。

『昨日○○に行った』

『育てていたトマトが実り始めた』

『エアコンが不調のようだ』

と、それこそ話題は無限大です。

スピーチの内容が自由であるならば、
その話が誰の得になるかなんて事は考える必要もありません。

『自分には言葉を操る能力があるよ』

と、それだけの意識で臨んでも何ら問題は無いという事であり、
格好を付けなくても良いのです。

スピーチの話題が会社で決定付けられている

ある意味で厄介な話ですが、会社によってスピーチの内容が決定されているケースもあります。

でもこれは言い換えれば何を題材にすれば良いのかという悩みが予め除去されているという話にもなりますので、

会社の方針に沿った内容に固めれば良いという事であり、
これほど簡単な話はありません。

例えば社訓に10の決まり事があるとします。

それは会社が万年問題として危惧する、または過去にあった問題からそういった社訓が生まれたと認識し、
その内容を紐解いた話題を持ち出せばよいだけの話です。

売り上げ重視ならば
『次はこのくらいを目標としたいです』

顧客対応であれば
『常に笑顔ではなく、話の状況に合わせて表情を変えます』

管理項目であれば
『この問題が確立されていませんので、確立に向けて思案したいと思います』

…といった具合です。

総合:実際問題、朝礼ってあった方が良いの?

極論すれば、
朝礼の存在意義と言うものは関係者の会社に対する意識によってあっても無くても良かったりします。

例えば全体が社交性に優れ、各自の業務をすべて理解し、
会社の規則を正確に捉え、業績もブレが無いのであれば集まる理由というものがありませんね。

ですが、実際に上記のような実現は難しく、
わずか1人でもその意識から逸れた考えを持つ人物が出てしまうと
それだけで会社としてのブレが生じる事になり、

残念ながら全体が同じ意識で1つの事を望む姿勢というものは現実難しいものがあります。

だからこそ気付けない小さな問題をなるべく発生させない意味でも
全体の集まりの場が設けられていると個人的には考えます。

解り易く立場を変化させた考え方をすれば、こうなります。

例えばあなたはとある会社の社長だったとします。

部門総数は10部門。
従業員数は全部で100名。

全体の集会を設けない状態で、あなたは自分の会社内部の詳細を掌握できますか?

全部門の全員が同じ考え方を持ち、不満なく社に対して従事していますか?

その確認を短時間で合理的に行うにはどうした方が良いのか?

という話ですね。

朝礼が存在しない会社に勤めたい

多くの企業が朝礼などの集会の場を設ける一方で、
実は朝礼などの集会を設けない会社も数多く存在します。

そんな会社とは一体どういった所なのか気になりますか?

最後にそんな話題でこの話を締めくくりましょう。

小企業である

会社の保有する従業員数が少ない場合、
経営トップが常に近くに存在するため毎日の朝礼を行わない場合が非常に多い印象です。

言い換えれば最高指導者が直接行動方針を促せる環境下にある場合の話です。

当然、コミュニケーションという意味合いで会話をする事はありますが、
その場合は一言スピーチと言うよりも雑談と言った方がしっくりくる表現でしょう。

ただし、企業規模が大きくなって従業員数が増えると
いずれ統制を目的とした集会の場が出現する事は必至とも言えます。

協力会社などの傘下企業

大企業の傘下にある企業従業員が朝礼に参加しないケースは珍しくありません。

その理由は大企業側の行動方針の決定事項が傘下に流れるわけで、
あまり宜しくない表現を用いれば集会などに参加する権限がないからです。

もちろん、大企業の傘下とは言っても規模は様々ですので、
従業員が多くなればその統制目的に朝礼が実施されるケースもあります。

大規模過ぎる従業員を抱える企業

人数が多過ぎると一ヵ所に集まるという事がまず出来なくなります。

この場合は朝礼を行わないように見えますが、
それはあくまで会社の定める一定ライン以下の従業員の限定されます。

つまりはとあるランク以上の役職に就けば朝礼の場を設けられる事も少なくなく、
昇進するほどにその機会が巡ってきてしまうという話ですね。

非食品のライン作業

食の安全とは異なる非食品のライン作業従業員は生産工程が確立されているほか、
生産性重視のために『集まる』という機会がそもそも少ない印象です。

もちろん、これは僕のこれまでの感想ですので一概に正解とは言いませんが。

毎日時間になればすぐにラインに立ち、時間と共にラインを去ると表現すれば解り易いでしょうか?

当然、朝礼が全く無いと言えばウソとなりますが、
この場合は上司からの一方的な伝達となるケースが多く、
所属従業員は内容を『聞くだけ』という形になりますが、
反対に自分が昇進して管理する立場になれば『言うだけ』という話にもなります。

ラジオ体操の存在しない企業

面白い話ですが、朝礼を実施する企業のほとんどはラジオ体操の後に朝礼が続きます。

体操をするための空間が広い場所に限定され、
結果的に限られた空間に全体の人物が集うため、
その延長上として朝礼を行うには打って付けなのでしょう。

反対にモノを言えばラジオ体操が存在しない会社では一ヵ所に全従業員が集まる機会がなく、
その延長上の朝礼が無い事もあるにはある…という話です。

派遣社員やアルバイトといった従業員

偏見とも取れる話ではありますが、朝礼や会議は正規社員の場として設けられる企業は少なくありません。

『正社員なんだから…』という表現は個人的にご法度な話ではありますが、
古い体制を維持する企業ほどこの傾向は強いようですね。

毎日の朝礼は参加必須だが、俗に呼ばれる朝礼当番からは除外されるといったケースもあります。

この話のまとめ

毎度の朝礼はネタ探しに困る場合もありますが、
その角度を変化させれば無限大の話題が転がっているものです。

朝礼が無意味といった考えを持つ方の多くはその朝礼の意味を考える機会が少ないという表れでもあり、
周囲に目を向ければ自分が会社で優位に立つための道具としても利用可能な事は確かです。

将来の出世の近道、上司への接近、気になる異性への遠回しなアプローチ…。

『自由な一言』ですので、反社会的でなければ何でもOKという事ですね。

今現在が朝礼に対して消極的であっても、
考え方次第では自分自身の強化にも繋がるという事です。

最後になりますが、一言を述べるからには徹底してもらいたい事があります。

『言葉をはっきりと』

これだけで聞く側の印象が良い意味で異常なほどに変化しますよ。

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