地域密着型ストアー3(当時)他店舗の引き込み
おはようございます! すえです!
曲がりなりにも生まれて初めて『社会』を実体験するに至った当時の『地域密着型ストアー』ですが、
- 意識しても直す事が出来ない『度重なる遅刻』
- 他の『社会』も見てみたい気持ち
- 『ストアー勤務・学校・パチンコ店清掃・新聞配達』という多忙
という理由から、学校入学当初より持ち続けた芯がぽっきりと折れてしまい、まずは…というわけでもありませんが、当時の地域密着型ストアーを退職するに至りました。
でも実は僕にとって『遅刻』や『多忙』というのは最終的な辞職の理由ではなく、新店舗完成と同時に生涯の恩師とも呼べるサブチーフに出逢い、短時間での意気投合、
『この人になら一生仕えられる』とまで本気で考えていましたが、そこは転勤が当たり前の接客業、時期が到来すれば会社全体の大異動イベントにあえなく含まれ、他店に移ってしまったんですね。
同じ会社で頑張り続けていれば、いつかサブチーフさんにも再会出来ることは十分に理解していた筈なんですが、当人の消えた青果部門で働く気力を一気に失ってしまって辞めるに至ったというわけです。
まあ、単純には当時の僕の視野が狭過ぎた上に世間知らずというだけだったのですが、さんざん引き止められたにもかかわらず、最終手段の無断欠席の連続で解雇の運び…の、つもりでした。
下のリンクは『地域未着型ストアー』の1回目のお話です。まだ目を通していない方は暇つぶしにどうぞ。 |
やってきてしまったSV
『転勤』という言葉が当たり前とも表現できる接客業という職種は、2年足らずの期間でそれはたくさんの顔触れと接する事が出来ました。
『SVさん』もそんな中の一人です。
『SV』とは『スーパーバイザー』の略らしく、簡単に言ってしまえば『買い入れのプロ』のような人ですね。
低価格で仕入れた品物をそれ以上の価格で売るのは全ての接客業界の鉄則ですが、
当時の会社で言えばこの人の判断ひとつが全店舗の陳列状況を変化させるため、とても重要な役割を持っていた事はもちろんであり、
当然ながら上層部の中でもトップクラスの一人と表現して障りは無いでしょう。
そんなSVさんはどういったわけか僕を気に掛けてくれていたらしく、そうとは知らないまま、お礼の言葉も掛けずに会社を離れた僕に納得できなかったらしく、
特に退職後の予定も定まっておらず、うだうだと自宅で寝ていた所に突撃訪問されました(笑)。
よくわからない説得
SVさんを含めれば、この会社による自宅突撃は2回目でした。
もともと立場的に自由の利く人でしたので、僕の退職を耳にした矢先、即座の行動のようでした。
既に退職した状態にある僕の退職が納得出来ないとの事で、幾つかの説教らしき内容を吐かれたのですが、
SVさん自身にとっても突然の出来事の咄嗟の対応だったらしく、どう攻めるかを何も考えていなかった突撃だったという事が、その焦り具合から読み取れましたね。
『とにかくやり直しは出来るし、場所は幾らでもある! 青果ばっかりやっているから飽きるんだ!』
という言葉は今なお鮮明に覚えています。…いや、青果はむしろ大好きだったんですけどね…。
それにしてもこのSVさん、僕との接触合計時間がおそらく2時間にも満たない筈なのに、僕の何を見てそこまで熱を入れられたのかが未だに謎ですね。
ちなみに1度目は勤務先の青果部門全員が寝坊中の僕の家に起こしに来るというイタズラ込みのインパクト作戦でした。
アレはアレで驚きましたが、残念ながら次の日に早速寝坊をしてしまい、『お前はホンモノだ…』とか言われた記憶があります。
業務詳細
今回の担当業務は惣菜部門でした。
個人的にありきたりな料理をする事は嫌いではありませんでしたが、『商品作成』という内容ではやや抵抗がありましたね。
というか、当時のこの店舗は全店舗を通じてトップクラスの規模を誇っており、総菜部門こそが全店舗中トップの売り上げを誇っていたのです。
まあ、責任感の薄い僕にとってはこれがまたプレッシャーで…。
救いはSVさんを通じて入社させてもらった学校クラスメイトが存在していた事(忘れていた)ですかね。
まったく知らない場所であっても話せる相手が存在するという事は心強いものですが、その相手こそがライバルとなり得ることを考えると、それはそれで億劫でもあります。
担当/最終役職
担当:惣菜
最終役職:アルバイト
全店舗中トップの売り上げを誇る惣菜部門。唐揚げと餃子はひっきりなしに作っていた印象。出来れば寿司の方が良かったなぁ…。
通勤
片道10キロ程度、スクーターで約15分。
労働時間
08:00~15:00
定時制通いのため残業は無し
過去2か所の『地域密着型ストアー勤務』とほぼ変化はないが、なんちゃって会議の参加はさすがに無かった
特殊業務
なし
その他の業務
なし。…というか、普通、アルバイトと言えばこんなもの。
基本待遇
同じ会社という事もあり、やはり待遇面での変化はなし。
僕自身がつまみ食いで有名ではあったものの、当時の『唐揚げ苦手&猫舌』がそれを拒絶した
基本給
時給:650円(1991年当時)
時給換算
650円
賞与
なし
この職場のおまけ要素
SVさんの影響であからさまに正社員からの反応がよそよそしい…。コレがすこぶる嫌だった。
今も昔も年齢・性別・役職などの差別が好きではないので、もっと自然に接して欲しかったような。
まあ、そういった境遇を作ったのも、もとをただせば僕自身なんですがね。
頂いた称号…?
この仕事で僕が頂いた称号というか、愛称というか、そんな呼ばれ方です。
- すえさん
- すえくん
非常に短い勤務期間となりまして、結果的にはこれだけの呼ばれとなりました。
一般的と言えば一般的ですね。
一勤務の流れ
今考えても『唐揚げと餃子』の職場。
…そういえば朝礼が全員参加ではありませんでしたね。
また、搬入作業もまったく手伝った覚えがありませんでした(今考えれば)。
08:00~08:30 出社(遅刻込み)
入店と同時に…『唐揚げ&餃子、時々他の惣菜』
休憩終了後、午後作業開始 基本的に朝と変わらない
15:00 業務終了。スクーターで学校へ
この仕事ので知ったこと:有線放送って結構耳につく
比較的無口な人材が揃っていたようで、慌ただしい中でも有線放送による音楽の類は自然と耳に入りました。
店の開店前はクラシックBGMではなく人気の歌謡曲が流されているので、当時人気の曲は否応なしに脳裏に焼き付きます。
そして僕は流行りを追う事にサッパリ興味が無い性格ですので、『曲の全ては歌えるが、タイトルやユニット名をまったく知らない』という結果に。
中には気に入った曲も複数存在しましたが、テレビすらほとんど見なかった生活が災いし、欲しくなった曲を忘れかけた頃に手にする…なんて話はザラなんです(現在進行形)。
え? 仕事の話じゃないって?
まあ、そのくらいに短い期間だったという事ですね。業務期間が。
この会社(部門)での通常話題
こちらの店舗では『競馬』の話が盛り上がっていました。
以前の店舗は『パチンコ』という事で、ギャンブルは大人の楽しみの一つなんだと変な認識もしてしまいましたね。
パチンコと競馬を比較した場合の決定的な話の流れの違いと言えば、
パチンコ:前日以前の遊技結果について
競馬:後日に控えるレースの予想について
と、話の中心となる時間軸が正反対となる部分に興味が湧きました。
まあ、だからと言ってどうしたという話でもないのですがね。
でも、人間の物事の考え方…みたいな研究をする人にとっては、ちょっとしたヒントになりそうな気もする当時の僕が居たという事で。
この業種(業務)の長所
惣菜部門で知り得た内容の長所と言えば、様々な料理のほとんどは調理方法の流用であって、作り方はさほど変化が無いにも関わらず、実に様々な料理が出来るものだと実感した事でした。
例えば『焼く』という調理方法の道具には『フライパン』が思い浮かび易いと思いますが、この2つのワードの上に乗る具材の変化で焼くというカテゴリの料理が無限に広がるところにやや感動を覚えました。
そして多くの料理はさほど手間を掛けずに出来上がる事も理解しました。
となると、問題は食材の名前、調味料の名前といった、揃えるべき素材の知識不足が料理の難しさに繋がっていると、なんとなく理解できました。
料理音痴が人に出せる調理法を理解できる、勉強するには身近な部門とも呼べるでしょうね。
この業種(業務)の短所
一度に大量の商品を作りあげる事が可能な作業とは、それだけで時間短縮という効率化に繋がりますが、その反面、一度の失敗が大きな損失に繋がる事も珍しくありません。
中規模以上の店舗となれば『業務用』と呼ばれる調理器具や素材が当たり前のように揃えられているため、1回の調理で仕上がる料理も最低で10人前以上となる場合がほとんどでした。
そんな理由で些細な調理ミスによる『売れない商品』の出来上がりも、1回の発生で大きな問題に発展するところがイタイですね。
幸いな事と言えば、当時は従業員数にもゆとりがあったため、僕個人も一回の調理で一品を作る事に集中出来ましたが、
今の時代では『限界態勢』がある意味で普通でもあるため、同時に何品も調理しなくてはいけない現場も多数存在する事でしょう。
そういった現場では当人たちにしか理解できない忙しさが多数ある筈であり、廃棄に繋がるミスも少なくない数で存在するんでしょうね…。
…まあ、全ては想像でしかありませんが。
この仕事で知ったこと
『地域密着型ストアー勤務』というタイトルで複数に渡って紹介したアルバイト経験の総まとめです。
視野の狭い当時の学生アルバイトという視点でモノを言うならば、まずもって『転勤』とは無縁の言葉にしか捉える事が出来ず、少なくとも僕自身に影響する内容ではないと思い込んでいました。
しかしそれは間違いであり、同じ現場に従事していても誰かに転勤辞令が下れば、人が入れ替わる事によって現場の空気も異なりが生じます。
つまり、異動する事は無くても異動される事はあるという事ですね。
僕にもっと知識があったのであれば、仲の良かった上司との別れよりも、むしろ再会を胸に業務をより一層楽しむ事が出来たかも知れませんが、
…まぁ、若すぎたという話なのかも知れませんね。
仕事面での話をまとめるとすれば、青果にしろ惣菜にしろ、浅い知識故に全てが斬新であり、同時に楽しむ事が出来たかと思います。
バブル崩壊後も繁栄を重ね、今現在では地元密着に留まらず隣接する県にも進出して時間が経過したストアーでのアルバイト経験でした。
今回のあとがき
2年にも満たないストアーでの経験は実に様々な事が学べました。
その中でも、もっとも印象深く、現在でも人生の様々な部分で活用している内容は『人とのふれあい』とでも言いましょうか、そういったふれあいの起点となる『人との出逢い』でしょう。
社会知らずの若輩者を暖かな目線で見守ってもらえた事実は残念ながら当時では理解する事が出来ず、今こうやって文章を書いていると沸々と実感してしまうものですが、
気付く事がどれだけ遅くなったとしても、こうして過去の温かみに振り返れる時間に浸れるのは、やはり過去に出逢った人々の気持ちが僕の中にきちんと植え付けられていたからでしょうね。
こういった事には本当に『感謝』の一言以外、持ちあわせる言葉が見つかりませんね。
すえ
仕事の思い出話に書き切れなかった出来事
以下は話の路線がズレてしまう事や、話そのものが長すぎて書けなかった内容です。
気になる事がありましたらどうぞ。
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