ALS患者殺害の事件で考えた事について 明日の朝礼ネタ(その他ネタ)

1.4 仕事の問題・悩み・相談

ALS患者殺害の事件で考えた事について 明日の朝礼ネタ(その他ネタ)

おはようございます! すえです!

毎日だろうと当番だろうと毎回の集会ネタって面倒ですよね。

『今日は何を言えばいいものやら………?』

なんて悩みは僕の身の周りでも頻繁に聞く事です。

ここでは毎回の朝礼ネタに困らないよう仕事に関するネタを提供しますので、以下の内容(文章)をあなたの表現で伝えてください。

今回の朝礼ネタALS患者殺害の事件で考えた事についてです。

ここでは『朝礼』という言葉を利用していますが、もちろん他の場面でも使う事ができますよ!

他の場面例:昼礼・夕礼・夜礼・週礼・月礼・教育・会議・相談者への回答…など。

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ALS患者殺害の事件で考えた事について 明日の朝礼ネタ(その他ネタ)

『良い事はしましょう。悪い事はしてはいけません。

…とは、子供の頃によく聞かされたものですが、当然ながら人に危害を加える事は問答無用で悪い事に分類されますね。

でも、個人的な一部例外と言うか、我が身に置き換えた場合の『悪の正当化』ではありませんが、そういった矛盾に悩む場合があります。

今日、スマホを何となく眺めたら速報でALS患者に対して薬物を投与し、結果的に殺害した医師2名が逮捕されたという事件がありましたが、
文面をよく読むと患者本人が依頼した話のようですね。

『殺してください』と、自ら願ったわけです。

 

一応、こういった全体の場で話す内容の補足として調べたところ、ALSとは筋萎縮性側索硬化症と言うらしく、神経に関する難病との事です。

早い話が思うような体の自由が利かなくなり、それが次第に悪化する一方の病気という事らしいのですが、僕個人の解釈としては『最終的に感情の保たれた状態の植物人間になる病気』というところで納得しました。

 

次第に自由が利かなくなる症状を薬によって遅らせる事は出来るそうですが、今現在は進行そのものを差し止める事は出来ないらしく、早かれ遅かれ身動きが取れなくなる難病との事です。

加えて言うならば、安楽死を希望した患者さんは既に24時間の介護を必要とされていた状態だったらしく、病状は進行し切る所まで来ていたのかも知れません。

患者さんの立場を自分に置き換えれば生きた心地がしないどころか絶望の毎日を送っていた事でしょう。
これ以上に機能しなくなる体と知りつつ、何も出来ずに毎日を過ごすだけですからね。

これでは『生きている』と言うよりは『生かされている』であって、その体が完全拘束されているかされていないかの違いでしかないという事です。

そんな現実の先の自殺願望であり、その自殺すら実行不能という事で他者の手を借りたという話になったようですね。

ですが、日本では何よりも命を尊重する考えを強く持っているため、薬品を投与した人物はこれはこれで殺人罪、またはそれに近い罪と言う扱いになるため、加担者は当然ながら逮捕という流れになったようです。

極論すればどれだけ結果が見えていても『今が生きているから』という考えなのでしょうが、これってどう解釈すれば納得できる説明に行き当たるのでしょうかね?

死んでしまえばそれで終わりという表現はありますが、生きながらにして地獄と比較した場合、一体どっちが個人のための幸せとなるのか、家族や身内の幸せとなるのか。

…何とも悩ましい話ではあります。

 

ちなみに僕はどちらかと言うと今回のALS患者さんの考えに近く、例えば難病によって自由が利かなくなると知ったら即座に終了させてほしいと願うクチですね。

成功率100%の手術があるならきっと受ける事でしょう。

…でも、80%以上と言われたらかなり迷いそうです。

70%を切った場合には諦めるでしょう。

ただでさえ『難病』ですから、入院費用やら手術費用を考えると唖然としそうですし、それ以前に動けない状態なので稼ぎも無さそうですしね。生き延びる事で苦しめられる事は必至です。

 

そして何よりも『難病』。成功率があるかどうかもそもそも怪しいという話ですし、手を出す事で回復出来るようであれば『難病』じゃありませんからね。

という事で、やっぱり僕の場合はサヨナラの選択ただ一つとなります。

 

命あるから延命に励むという重要な局面はあるかもしれませんが、本人が望まない延命は一体誰の為に施されるのかが気になったので、話題にしてみました。

朝っぱらからすいません。

 

以上です』

今回の朝礼ネタのナカミ

『朝礼ネタのナカミ』はその場では伝えきれなかった内容として、別の機会に活用してください。この話をネタとしてアレンジするのもアリですよ。

 

僕にとって『無理な生命の維持』とは、幼い頃から考える永遠のテーマの1つです。

法律は白黒はっきりさせるために存在し、『善』と『悪』の間に『中間』存在しません。

そして矛盾や曖昧な感情を防ぐ意味なのか、『思想』や『感情』というものも含まれず、あくまで決められた回答による判断が下されるという事ですね。

 

つまりは人間社会の秩序の維持をするための法律ではありますが、その割には『人』を考えを介入させてはいけないのが法律という事にもなります。

殺すのがダメと言うのであれば、どれだけ家族や本人が懇願してもダメですし、
生かすの正義であれば、四肢・視野・言葉・思考の全てを失った相手でも延命に躍起になるのが正解となります。

例えば同じALS症状であっても末期ともなれば、呼吸が困難という話も聞きます。…と言うか、この呼吸すら出来なくなる状況に陥る事で亡くなる方が7割とニュースには書いてありました。

医師の多くは命を扱う関係者ですので、進行度合いで相手の死期を察する事は出来るでしょう。

しかし、呼吸すら困難に陥る頃のALS患者は当然ながら言葉を発する事が難しくなっていますので、意思疎通が不可能となっている可能性があります。こうなると特例措置を要請する事も出来ません。

そこで担当医師がまだ話せる頃の患者の言葉を思い出し、患者の希望だった安楽死を施した場合は、その場の相手の承認が得られないという理由で殺人罪に問われる事になります。

………………。

なかなか難しい問題ですね。

 

すえ

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