挨拶の重要性

1.1 誰でも行えるプラス行動

挨拶の重要性

『おはようございます』から始めよう!

おはようございます! すえです!

毎日の出社に限らず、あなたはきちんと挨拶ができてますか?

人間のコミュニケーションの発生源はこの挨拶から始まることが大半を占め、その割合はほぼ100%と表現しても過言ではないでしょう。

会社で誰かとすれ違った際の第一声は『おはようございます』というセリフから…というのが、だいたいの会社の相場ですね。

これは先に続くコミュニケーションの入り口として、まず真っ先に自分の存在を伝えると同時に相手の存在を確認する意味も自然に含まれてくるものだと思います。

深い観察意識をもって挨拶を交わす方はいないでしょうが、結果論として『第一声のやりとり』にはそんな確認が含まれるものです。

もう一度確認しますね。

『あなたはきちんと挨拶ができていますか?』

挨拶が出来る人とできない人との決定的な違い

同じ職場のいろいろな人を観察すると、多少の時間を共にすれば『人気がある人』と『人気がない人』に大きく分かれ、その中間という存在はなかなか見つけられないものです。

そして中間的存在こそ見つけられなくとも、そのほかの存在として『中心的人物』というものが存在します。

 

人気のある人

僕がこれまで様々な職場で見てきた感じだと、人気がある人というのは『人気がある人同士の集まり』であって、会社の中の小さなコロニーなんですよね。つまりは仲良し同士。彼らが仲良くなったきっかけというのは外から見る僕にはわかりませんが、少なくとも何かしらのアクションから発展した現在のカタチがそういった仲良し同士のコロニーという事です。

ただし、仲良し同士も度が過ぎる場合だと、コロニー内部でのあいさつは耳にしても、そうではない部外者には一言も声を掛けないというのが実情であり、悪く言えば外部からの接触を好んで断つような状況に持ち込んでいる場合が多いんですよね。

それでも、話し合える仲間が存在するという事は、長く務める会社生活には無くてはならないものであり、無意識の中に知っている事でもあると思うのです。

だから誰もが誰かに近付き、出来るだけ楽しい時間を過ごそうとするわけです。

 

人気のない人

人気のない人に目立つところは、一言に口数が少ないところでしょう。口数が少ないのだから、挨拶ができない人が多く、隣に居ながらその存在感が自然と薄れてしまう人物です。

挨拶ができないという事は、例えば誰かが挨拶をしてきたとしてもその返事を返さない行為に等しいため、せっかく声をかけてくれた人からすれば、『無視された』と判断されるわけですね。

こんなやりとりの結果に友好的関係なんて生まれるはずもなく、例えばあなたがこの立場の新人であるならば、たちまち周囲からの期待度は地に落ちてしまい、よほどの挽回場面に出くわし、見事成功を収めない限り、再び誰かがあなたを見てくれることはなくなるでしょう。

結果的に、孤立してしまう可能性となってしまいます。

そんなあなたへの扱いは、『とりあえず動くことはできる従業員』程度となり、仲間であるはずのチームメイトからすらも、期待されることはまず無くなってしまう事でしょう。

こうなるとあなたにとっての職場は『稼ぐためのためだけの場所』となってしまい、ほかにもある筈の楽しみや昇進などの可能性も限りなく無に近くなってしまいます。

もちろん、昇給審査などの場においても不利に動きやすく、同じ業務をこなしているはずなのに、周囲の評価と比較した場合に自分の立場が非常に弱くなってしまいます。

当然ながら、どんな状況下でもほとんど孤立無援。コミュニケーションの否定とはそういったものであり、挨拶が出来るか出来ないかで、ここまで変わってしまうのです。

毎日がつまらなく、苦痛でしょう。そして救いの声は掛かりません。

その原因が、挨拶の欠如、または軽率なのです。

あなたが興味を持たない人物に好んでお話しすることはありませんよね?

それと同じ現象が、周囲からあなたに向けられているだけの話なのです。

 

はじめが肝心とは昔から言われる表現の一つですが、この挨拶…、何事も始まりの挨拶こそが、最も重要な行為の一つだと思います。

それを毎日続けることで顔を合わせる相手の気持ちをこちらに引き込むことができ、『会話』へと繋がるのです。

決して難しい話ではありません。

もし、あなたが毎日の挨拶を控えてしまっているのであれば、すぐさま気持ちを切り替え、明日から可能な限りの元気な挨拶から始めてみましょう。

中心的人物

中心的人物とは説明する必要もないでしょうが、職場の広範囲に人気がある人物の事です。

そんな中心的人物があなたの職場に居るのであれば、その人に小さな声で挨拶をして様子を見てみましょう。

よほどか細い声であなたが挨拶を試みない限り、相手は反射反応のように挨拶を返してくるはずです。

中心的人物のほとんどは社交的で、声を掛ける相手を選ぶことはそうそうにありません。

相手が部下であれ上司であれライバルであれ、誰にも差別することなく声を掛け、その反応を見ることができる人物こそがここで説明している中心的人物です。

そんな中心的人物だからこそ、誰からも信頼を寄せることが可能であり、頻繁に助けの手を差し延べ、そして差し延べられるのです。

そんな状況への成長の起源は、誰にでもできるはずの『挨拶』。それが自ら発せるか否かの違いなんですね。

 

どうして挨拶ひとつでそこまで言い切れる?

挨拶に対して深い興味を持たない人からすれば、そんな疑問が浮かぶかもしれません。

そして僕自身もその答えに対してこれだという、決定的な言葉は持ち合わせていません。

しかし、これまでに身を置くことになった多くの職場のほとんどには、僕が表現する人気のある人人気のない人、そして中心的人物が存在したわけですが、どんな職種のどんな業務であっても、それらの特徴ってみんな一緒だったんですよ。

もちろん、人が違うので性格はバラバラですよ。

それでも、上記した3つをそれぞれの『種』とするならば、それぞれが先ほどの説明の型にはまってしまうんですよね。不思議なくらいに…。

そんな理由で、言ってしまえば何の根拠もない僕ひとりの独学ではありますが、挨拶という存在とその行使の採否というものは、それほどに重要なものだと感じているのです。

「本当かなぁ~?」

そう思います?

でも、やってみて失うものは何もないと思いますので、騙されたと思って元気よく挨拶してみてはいかがですか?

波に乗ればウルサイほどに人がくっついてきますよ(笑)。

今回のあとがき

という事で、始まりが肝心という事でまずは『挨拶の重要性』に触れてみました。

大げさな表現なしで、僕が見てきて感じた、挨拶に関するごく一部の紹介です。

今でこそ挨拶に対する重要性を考えつつ毎日の職務に専念していますが、実は僕、昔は『挨拶なんてしてもイミねーよ!』ってタイプでした。

その理由は単純で、『いちいち面倒』。

 

挨拶をしない頃はこちらに近付きもしない周囲が普通でして、それが日常となると気付けなかったのですが、いざ挨拶を開始すると…。

まず、声を掛けられた相手が目を真ん丸にしましたね(笑)。

そんな驚きの態度にこっちもびっくりした記憶があり、なんだかいつの間にかに打ち解けていました。

まぁ、思い出話をすると話が逸れてしまう性格なのでこの辺で止めておきますが、僕自身も自らの挨拶の有無で世界観がガラリと変わったことだけは確かに感じましたね。

 

ちなみに今の僕は挨拶に関してウルサイですよ。

おそらくこの先のブログにも違った観点から成る『挨拶について』を書くと思いますが、ご容赦を。

 

そうそう最後に!

挨拶をしそびれた結果、つまらない会社生活を送っている人っていますか?

回復は簡単ですよ。

アサイチに『おはようございます』と、すれ違う人々に声を掛ければいいんです。

ただ、それだけです。

勇気がない?

勇気なんて要りませんよ。『息を吐くついで』に、『言葉の練習』をすればいいだけです。それを相手が勘違いして『挨拶された』って思うだけなんです。

そんなのを繰り返してみてください。きっとあなたの目で変化が見えますよ。

 

とまあ、お疲れさまでした。1500文字目標がだいぶオーバーでした。

目を休めてください。

そして次のお勤めも頑張りましょう。

すえ

 

 

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