鬱寸前からの脱却|働く事によって鬱になりそうな、あなたに説教したい5つの話

1.4 仕事の問題・悩み・相談

鬱寸前からの脱却|働く事によって鬱になりそうな、あなたに説教したい5つの話

悩む人
悩む人

自分の活動が人にどう思われているか心配…。

こんなんで本当にいいのかな?

悩みを誰に言って良いのかが分からない。

という悩みを持つ方へお答えします。

転職ばかりの僕ですが、それぞれの職場では必ず見てきたのがそれぞれの従業員が抱え込む『職場の悩み』であり、中でも深刻と考えさせられるのが『鬱』という症状ですね。

こんにちは。すえです。

僕はこれまでの職場で頑張って働くうちに鬱に陥ってしまった同僚を数回見てきましたが、簡単には殻に閉じこもってしまう心の病でもあるため、助けたい側としてはせめて顔を合わせてもらえない事には励ましの言葉も掛けられないというか…。

どういった行動や言葉で応援したとしても、全てに疑心暗鬼が先立つとも言われる病でもあるため、そもそも励まそうという考えが間違っているのかも知れませんがね。

でも、僕は僕で早く立ち直ってもらいたいという念があるため、誰に相談し、真に回復を試みたいと思うものの、その相談口の模索さえも悩む貴方に対し、ストレートな表現でそれを試みます。厳しい言葉が続きます。

あなたがこれからの僕の考えを目にしてどう思うかはあなた次第。

でも、僕の個人的な考えでモノを言えば、このまま行動に繋げられないあなたの未来は行動不能という名の現状維持でしかありません。

つまり、これ以上の損が無いという話にもなるという僕の考えですので、疑心暗鬼のままでもいいので目を通してもらえれば、何かのツテくらい、ぼんやりと見えるかも知れませんね。

あ、ちなみに僕は精神科医でもなく、専門知識もありません。

なので、この先の僕の思いは全て説教みたいなものですので悪しからず。

というか、鬱症状に近付く人への苦情とも取られるかも知れませんね。

なので精神的ダメージを覚悟出来ない方は、読まない方が吉かもしれません。ブラウザバックどうぞ。

回復の方法を模索している方や、一刻も早く立ち直りたいと考える方、今のままの思考じゃイケナイと自覚する方だけ進んでください。

鬱寸前からの脱却|働く事によって鬱になってしまった、あなたに説教したい5つの話

…まあ、あなたに言いたい事は少なくありません。

でも、会話以上の繋がりが持てないというのであれば、僕の言葉とその意味を眺めてください。理解なんて要りません。眺めるだけで良いのです。単に僕がそう思うだけです。

それに対してあなたがどう思うかはあなたの勝手です。

どうして頑張り過ぎる?

仕事をそつなくこなしていたにも拘らず、鬱症状になってしまう人のほとんどは頑張り屋に多い印象です。

周囲の期待感も高まり、未来を有望視された頃となって急に鬱に倒れる人が多いのです。

期待に沿おうとしましたか?

悪い考えではありません。

…でも、僕に言わせれば既に期待されていた身なのです。それ以上頑張る理由が無いと言う話です。

あなたは無意識のうちに限界以上の自分を求め、見せつけようとした結果、体が追い付かなくなってオーバーヒートを迎えたに過ぎません。

悪く言えば『やり過ぎ』というヤツであって、自業自得でもあります。

回復を考えるのであれば、先ずは会社に対しての迷惑うんぬんの前に、自分の挑戦意欲を弱めるところから考えましょう。

何事もほどほどが一番良いという話です。

他人比較の勝ちを素直に喜べ

人は面白いもので誰かに勝る部分が少なからずあります。

そしてその『勝る』という表現は必ずしも誰かの能力を抜くという話ではありません。

10ある項目の1つに関して他の追随を許さないのであれば、それは間違いなく『勝る』という表現が似合うでしょう。

しかし、10の項目の全てが誰かに劣っていても、それらの全てを平均的にこなせるとすれば、それはオールマイティという意味で勝っているという話になります。

得手不得手、得意不得意の面から言えば、仮に『明』と『暗』と分かれるどちらかに融通が利くのであれば、あなたにとって得意とするどちらか、あるいはどれかがある筈ですね。

何も仕事に関する他人との比較を意識する事はありません。仮に何もできなくともムードメーカーとして存在するのであれば、全ての業務能力で劣っても周囲の戦意を引き上げる事が可能という意味で重要視もされます。

十人十色、あなたを含めた全ての人には何らかの形で優位な部分があります。

全てに対して優位になろうと考えるのであれば、それはもはや人間レベルの話ではありませんね。

会社は組織であって人と人が繋がる場です。あなたはその中の一人に過ぎません。

もう少し気を抜いて物事を考えてみてはどうでしょうか?

他人比較の負けを素直に認めろ

その反面、あなたは誰かに対して歯が立たないような弱い部分も存在する筈です。

それが業務能力なのか確実性なのか人間関係なのかはわかりませんが、必ず負ける部分がある事は確かな話です。人間なのですから。

鬱になる人の多くは対抗意識が強く、劣る部分を無理に強化する内に倒れるケースが非常に多い気がします。あなたはどうですか? 無意識に『もっと役立たなければ!』なんて思っていませんでしたか?

全ての事柄に言える話ですが、経験は日を追って体に染みつきます。これはどんな人にも当てはまる話であり、よく耳にする言葉に置き換えれば『継続は力なり』というものですね。

最終的に大きな力を備えるにはそれなりの期間が必要という事であり、その力を短期で収めようとすれば代償が発生するという話です。

10年選手の真似事を入社数か月の人材に出来る話だと思いますか?

目の前で簡単そうに業務をこなす人も、実はそこに到達するまでに短くはない年月を要している場合がほとんどです。

10年選手の高度な動きを真似て無理に近付こうとするならば、まずは静かに観察して出来そうなところから手を出すのが無理をしない基本ですよ。

または人の気付かなかった部分を改良という意味で着手するといった、新分野での活躍法もありますね。

本音をさらけ出せ

鬱に見舞われる人は我慢強い人が多い気がします。

でも、その我慢は間違った選択であり、日々の行動を蝕みます。

人間は誰でも考え事をする生き物であり、悩み事もその中に含まれます。

あなたの身の回りには必ずあなたを見ている人が居るもので、それが組織というものです。

日頃から気さくに話せる人は居ませんか? 頼れる上司は居ませんか? 会話回数は少なくとも、直感的に頼れそうと感じる人は居ませんか?

『あの人に迷惑が掛かったら…』

そんな考えは捨てましょう。その考えが解決の扉を自ら塞ぎ、やがて自我崩壊してしまいます。

誰かに相談する事で問題が解決するとは言い切れませんし、むしろ解決に繋がるケースは少なめです。

大企業になればなるほど動きが鈍重化しますので、最終的に解決に至るとしても非常に長い時間を要します。

ですが、悩みとなる問題を提示する事で『問題の発生』と『解決の方向』は少なくとも見出され、同時にあなたの中に存在したわだかまりが放出される事で不安の要素の多くは無くなります。

そして共有化される事で実際の事例として問題解決の発端にもなります。

状態が状態です。人の為ではない、会社の為でもない、先ずは自分が少しでも楽になる選択から選びましょう。

身近な人物に問題を言い示せない場合には相談窓口を活用しましょう。

匿名や偽名が通る場合がほとんどですので、自分が表立つ必要が無い所も魅力です。

仕事なんかよりもコミュニケーションを重視しろ

職場には当然ながら仕事をするために赴くわけですが、その仕事を円滑にこなすにはコミュニケーションはまず無視できません。

では、コミュニケーションの取り方は?

と質問すると、結構な確率で回答を得られないのが個人的に驚きですね。

回りくどい説明はする気がありませんので率直に言いますが、何はともあれ

『挨拶』

です。

何も礼儀を重んじたかしこまった挨拶なんて必要はありません。最低限必要な挨拶もたった1つです。

その答えは

『おはようございます』

これでOK。

鬱に陥る人の多くはこの挨拶が出来ません。または特定の人物にだけ挨拶をし、苦手とする人や関わりのない人を好んで避ける傾向があります。

これでは先のコミュニケーションの糸口が限定されてしまい、いざという時の問題解決に時間を取られますね。

『おはようございます』という挨拶は1日の始まりを意味する言葉でもあります。

会社の業務活動に当てはめればその言葉から1日の活動が始まるわけで、この言葉の先に繋がりを持つためのきっかけともなります。

普段の挨拶も出来ない相手に重大な話を持ち掛けてもきっと無視されるでしょう。

ところが普段から挨拶ができていれば、相手もこちらを認識している事になるのでトラブル発生時に声が掛け易くなる事はもちろん、その回答を得るのも簡単になります。

あなたの悩みが大きくなり過ぎているにも拘らず、その解決となる方向の答えを回収出来ないという事は、明らかなコミュニケーション不足で信頼に足る人物をも見落としている可能性が高まっています。

明日からでも構いません。人を選ばず挨拶を行い、好反応を返してくれる人をまずは探しましょう。

仮に問題を口に出来ないとしても、挨拶から始まるコミュニケーションとそこから繋がる話題の中に、あなたにとっての意外な解決法とは幾らでも隠されているものです。

それを探し当てるにもコミュニケーションが必須であり、その発端として挨拶が最重要という訳ですね。

鬱寸前からの脱却|働く事によって鬱になりそうな、あなたに説教したい5つの話 まとめ

本文中でも何度か触れていますが、鬱症状に陥る人の多くは真面目だったり努力家だったりする印象です。

真面目も努力も悪い話ではなく、もちろん良い事なのですが、全ての物事に適度・適切という表現が当てはまるように、度を越えてしまえばそれは単なる毒としてしか効果を発揮しません。

そして限界を超える真面目さや努力量というものは周囲の目からしても明らかな異様さを放つため、その理解に追い付けずにアドバイス的な言葉も掛けにくい状況を生み出します。

結果的に孤立してしまい、あなた自身から回答を求めなければ誰もが近付き難い環境を作ってしまうのです。

今回、悩みから解放される意味でこれを読むのがあなたならば、あなたが自分自身で回復する方法はさほど難しい話ではありません。

まず、肉体的な疲れが度を越して鬱状態を感じるのであれば、自分の仕事量を少しばかり減らしてみましょう。

一気に作業量を減らすと周囲の反応が冷ややかになる恐れもあるため、100%のところを80%といったようにするのです。

これまでの努力量からすれば随分と肩の力を抜く事ができますが、それでもこれまでの努力が認められているため不自然と呼べる不自然さは無い筈です。

もし、それでも周囲の目線が気になるのあれば、業務開始前に『今日は不調だ』と、それとなく周囲に認知させておけば問題ないでしょう。

 

悩み事を抱えた疲れの場合の解消法は、ズバリ、その悩み事を誰かに相談する。という事に尽きます。

悩みを持ち掛ける相手は少なからず見極める必要性がありますが、普段から軽い雑談を行える相手であれば気軽に持ち掛ける事が可能でしょう。

あまり深刻な面持ちで近付いてしまうと返って気を遣わせてしまうため、気さくな感じで悩みを打ち明け、相手の『気さくな答え』を引き出します。

相手は深刻な悩みとして受け止めていないため、ポンと出た考えを口にしたりしますが、それが最も素早く実行できる身近な解決法だったりします。

そしてその時ばかりはその解決法を鵜呑みにして実践するのです。もちろん、自分に出来る内容に限りますが。

自分の悩みは自分が一番理解していそうで、実は自分自身が最も理解できない所でもあります。

誰だって自分自身の考えを持っているもので、自分だからこそ自分しか理解し得ないと考えてしまいますからね。

でも、それは大きな間違いであり、自分がかわいい分だけ自分に嘘をつくのもまた自分自身なのです。

無理を無理ではないと言い聞かせ限界に挑戦してみたり、みんな一緒だと言い聞かせて我慢をし続けてしまったり…。

…だから鬱に近付くのも当然であり、むしろ近付かない方が不自然というのが僕の持論です。

という事で自分自身に無理をさせない意味でも努力はほどほどに、そして、我慢もまたほどほどにした方が個人的には宜しいかと。

その為には『おはよう』から始めるコミュニケーションのやりとりが必要不可欠という話です。

 

まだあなたは医者に鬱と診断された身ではありません。あくまで自分が『鬱かもしれない』と決めつけている段階の状態です。

『鬱』と『鬱かもしれない』の差は決定的に違い、その差は図れるような距離感ではありません。これ以上の無理をしなければ見る見るうちに回復する事でしょう。

健康は誰のためにあると思います? 職場の仲間ではなく、身内でもなく、自分自身が自分であるために存在するものと自覚しましょう。

 

すえ

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