感染者差別の問題について 明日の朝礼ネタ(その他ネタ)

1.4 仕事の問題・悩み・相談

感染者差別の問題について 明日の朝礼ネタ(その他ネタ)

おはようございます! すえです!

毎日だろうと当番だろうと毎回の集会ネタって面倒ですよね。

『今日は何を言えばいいものやら………?』

なんて悩みは僕の身の周りでも頻繁に聞く事です。

ここでは毎回の朝礼ネタに困らないよう仕事に関するネタを提供しますので、以下の内容(文章)をあなたの表現で伝えてください。

今回の朝礼ネタ感染者差別の問題についてです。

ここでは『朝礼』という言葉を利用していますが、もちろん他の場面でも使う事ができますよ!

他の場面例:昼礼・夕礼・夜礼・週礼・月礼・教育・会議・相談者への回答…など。

感染者差別の問題について 明日の朝礼ネタ(その他ネタ)

『コロナウイルス感染者の増加量は目覚ましく、多くの地域で毎日の感染者数が更新しています。

こうなるともはや他人事ではなくなってきており、外出一つにも妙な疑心暗鬼が生まれてしまいますね。

ただ、生きるためにも最低限必要とする食料の調達という意味でも完全に個人で手にするという事が難しく、まず非現実的な話でしょう。

何せ、売っている物の全ては誰かしらの手が触れている事であり、例えば大雑把に具体例を言ったとしても、

  • 原材料を作る方、
  • 原材料を調合する方、
  • 調合品から商品を生産する方、
  • 生産された商品を管理する方、
  • 管理商品を発送準備する方、
  • 発送された商品を受け入れる方、
  • 受け入れた商品を陳列する方、
  • そして、陳列された商品を購入する我々

…と続きます。

これら一連の流れで『見えないコロナウイルス』を考えれば、見極めて回避する事は非常に困難でして、言ってみれば運次第という事になりますね。

誰もがウイルス感染の危険性を秘めているのが今の実情とも言え、明日は我が身として考えて行動した方が賢明とも取れます。

今回、こんな話を持ち出したのは、なんとなくスマホのニュースの見出しに

『コロナウイルス感染者への差別問題』

という見出しが目に留まったからですが、まあ…、個人的には人間らしい問題展開の1つと思ったからですね。

いつでも自分がそうなる可能性を秘めている問題の中で、どうして現在の自分が感染者ではないからと言って感染者を敵視する事が出来るかを考えると、なんともモヤモヤとした気分になります。

 

問題は問題で無視出来ませんが、治療法が確立されていない今現在では感染者に対しての敵視を強めるよりも、どうして感染したかを考え、
自分はどうすれば感染しにくいかといった方向で考えを強めた方が相当に有益だと個人的には考えるわけですが、なんだか悲しく思えたのでこの場の一言として使用してみました。

この事業所で仮に感染者が発生した場合の願いを上げるとすれば、どうか感染者は他の関係者への感染を防ぐ意味で即座に周知させ、
感染者の発生を知らされた側は無意味な差別意識を持たず、通常通りの毎日を送る事を意識してください。

 

以上です』

今回の朝礼ネタのナカミ

『朝礼ネタのナカミ』はその場では伝えきれなかった内容として、別の機会に活用してください。この話をネタとしてアレンジするのもアリですよ。

 

個人的な正直な考えを言えば、ここまで感染が広がるとウイルス感染の回避は難しいとさえ思えます。

経済を止めるわけにもいかず、自給自足の生活を可能とする人も時代背景的に考えれば乏しく、結局は他人の手が作った(触れた)何かを手にしたり、口にする事を余儀なくされるからです。

問題は感染者の増加数ではなく、どうすれば自分が感染を回避できるかという所に考えを集中させ、それを実行するかという所にあるのかも知れません。

周囲の感染増加数を目にする中で、今現在の自分が感染していないというのであれば、その理由は大きく2つに分類できます。

単純ではありますが、その分類は以下の

  • 感染者は身近に存在したが、運良く感染しなかった
  • 感染を意識し、感染防止を強化しているため感染を防げている

というものだと思われ、半年以上という期間の間、自分を含めた家族の外出や人や物との接触が無い限り、コロナウイルスの非接近はあり得ない話だと考えられます。

運良く感染していない場合は、個人の感染防止意識によって時間の問題で感染する確率は高まるでしょう。

反面、意識した上での非感染であれば、完全に防ぎ切れるとは言えなくとも感染確率は低いままで維持出来るという話にもなります。

いずれにしても社会が活動している以上、感染者であっても陰性患者がそうとは知らずに出歩いている事には変わりませんし、
どこで自分がウイルスを受け入れているかもわからないというのが正直なところでしょう。

つまりは差別したところで問題の解決につながる話ではなく、この問題は人間の闇の部分を増大させるだけの話でもあるかと思いますね。

全てを柔軟に受け入れる事は難しい問題でもありますが、露骨な差別で同じ人種が睨み合う行為は人間らしいというか何というか…。

 

似たような大きな過去の問題では東日本大震災がもたらした福島県の原発事故がありますが、これは確か福島県の産物の多くが嫌煙されましたね。

僕個人はこういった問題の中で福島産物がそのままの商品流出を行っているとは考えられず、むしろ品質管理の強化が期待された意味もあってモシャモシャと何でもかんでも食べていましたが、やっぱり何でもありませんでしたね。

今回のコロナウイルス問題は放射能問題でもないので類は異なりますが、回避法の大きな1つの手段は不特定多数の出入りがある所を避ければ良いだけの話ですので、人気(ひとけ)のある場所を避ける事が今現段階の最善となります。

買い物ならばピークを避ける、食事もピークを避ける。そのうえで、何かに触れれば手洗いうがいをする。

これだけです。…というか、これ以外に手段が少なさ過ぎるのが現状です。

専門家でもない多くの人々が無い改善策をアレコレと模索する行為そのものが無駄とも言え、ならば自分で出来る範囲で予防する事が得策かと。

もちろん、人との接触という意味では接近を拒否される場面もあるかも知れませんが、これは人間の持つサガですので、諦めるしかないでしょう。

今回の問題は、この人間を避ける行為を『差別』として表現されるところであり、これは互いの考えに不一致が生じているからこそ出てくる言葉でもあると思います。

感染の可能性があると考える地域に住む人が他人を思いやる事が出来れば、必然的に人に近付こうとは考えないでしょうから。

自分は大丈夫。だから接しても問題ない。

そんな考えがあるから『もしも・もしかしたら』という考えが完全に欠如しており、安易に他人に接近する考えに結び付くとも言えます。

その結果、現実を理解する側からの、もしもの感染予防の意味で拒否という回答を受け、勝手に撃沈気分になるというわけですね。

相手だって気心知れた相手に『来るな』という反応に至るまでには…、大きく心を揺さぶられると思いますよ。

とはいえ、経済活動が続く状態では難しい問題である事には変わりがなく、経済を止めれば今の時代、多くの人が共倒れになる事も事実です。

『差別』という問題は確かに『共存』という意味では大きな問題ですが、それにしてもつまらないところで問題視するなぁ…という感想しか持てないのも僕なんですね。

個人的には夏時期の熱中症や、毎日の通勤時の交通事故の危険性の方が遥かに大きな問題です。

そして全てに対して言える事は、『気を付けましょう』という、なんとも頼りのない励ましに似た言葉一つでしかないんですよね。

拒否すれば問題視される。協力すれば感染が広がる。

いずれにしても難しい問題ですが、その具体的な解決法が見出せないのも事実であり、感染を100%意識すれば目にする全てが脅威になって生きていけなくなる事もまた事実だと思います。

 

…難しい問題ですね。

 

すえ

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