【会社の雑談】19『大病を患ったらどうする?』についての切り出しや聞かれた時の対応
会社では日々誰かと会話を通じて時間を過ごしますが、『会話』はコミュニケーションという意味で誰もが出来る元も簡単な方法であり、最も重要な物事の1つですね。
何と言っても『会話』をしない事には仕事そのものに支障をきたしてしまい、不景気が続く現代でにおいては悪くすれば排除対象にもなってしまいますからね。
というコトで、このページでは日常のなんて事の無い会話を繰り返す僕がよく行う
- 会話の振り
- 振られた会話の切り返し
などを順に紹介し、ついでに3つ(経験がある場合はそれ以上)、実際に口にした事がある雑談例を紹介します。
本ページでは【大量を患ったらどうする?】を題材にして話を進めますね。
こういった会話は雑談の延長上として
【朝礼・集会・反省会・提案・その場に居合わせなかった別の関係者との会話】
…はたまた近所付き合いの会話や仕事とは全く関係ない分野でも使えますので、特にコミュ障を自覚する方々にとっては頭に入れて損の無いコミュニケーションの参考知識の1つだと思いますよ☆
では、今回は【大病を患ったらどうする?】を題材にした雑談として会話を進めます。
僕の性格のそのままを出していきますので、話し方をあなたバージョンに置き換えて活用してください。
また、最重要注意事項ですが、僕は基本的に口が悪いですので、これもあなたなりに変換してくださいな。
会社の雑談 『大病』とは? 簡単説明☆
大病とは読んで字のごとく『大きな病気』ですね。
癌やくも膜下出血など、著しい健康被害や生命に危険を及ぼす可能性が高く、タイミングにもよりますが回復後もそれまでの全快が難しいとされるバカを見る病気のことです。
病状が進行していると手術による成功率も低くなってしまい、誰もが避けたい病気ですが、残念ながら遺伝や運が作用する病気でもあるようです。
会社の雑談 『大病患ったらどうする?』切り出し
「同じ病気になったらどうする?」
会社内において『大病』の話題が出るとしたら、同僚の誰かが大病を患った事が知れた直後に多いでしょう。
僕個人は『それも運命』と思うクチなので立ち入る事はあまりありませんが、仮に切り出す場合は上記のような質問でしょうね。
会社の雑談 『大病を患ったらどうする?』振られた会話の切り返し
「あの人の場所、誰が入るんだろう?」
「復帰まで長いだろうなぁ」
誰かが大病で長期連休を余儀なくされた場合、多くの人は当人の病状よりも現場の穴を気にするケースが多い気がします。
もちろん、組織としては間違いではない現実に悩みではありますが、なんか悲しいですね。
回答1:同調する
でもまあ、考えようによっては一番苦しい思いをするのは大病を患った当人であり、変わることはできません。
現実の問題にどう対処するかが目下の問題となるので、残された身としては
『当人が戻るまでどう現場を維持するか?』
を考えた方が建設的と言えるでしょう。
ただし、自分に決定権がない場合の回答は1つに限られてしまい、その回答は
『わからない』
です。
回答2:助言をする
一方で協力的な仲間に恵まれた職場であるならば
『カバーし合おう』
『乗り切ろう』
なんて言葉も出る事でしょう。
もちろん、会社がどう判断するかは全く別の話となりますが。
そんな前置きで、僕が言葉にする『大病を患ったらどうする?』という内容の話を下記に書いていきますね。
会社の雑談 『大病を患ったらどうする?』手術の成功率や金額による
「大病を患った時点で俺としては1つの寿命だと思ってるから、基本的に手術は避ける方向に行くと思う。
例えば成功率が95% 以上で、後遺症は何も気にしなくてもいいっていう条件だったら考えるかもしれないけど、成功率70% から80%っていう場合だったらNOとか言っちゃいそうだよね。
俺、薄いところ引きやすい人生だから(笑)
あと入院費用とか手術費用にもよるかもね。
薄給から高額医療なんか出せそうもないし、自分自身が生き延びるために家族揃って借金苦に落ちるのもなんか違うと思う。
『転生』ってのが本当にあるかどうかわからないけど、さっさと消えちゃって次の人生の計画でも立てた方が、よっぽど余生を過ごすにはいい時間帯になるんじゃないかな。
生にしがみついてうろたえるよりも、残された時間をどう消費すればやり残しを少なくできるかに集中できて、むしろ結果的に良い人生と言えそうな気がする」
この話のポイント
生まれりゃいつか消えるという当然の時間帯の中、消える事実を拒んだところでどーにもならないっていう考えが、何故か園児時代から持ち合わせるのが僕なんですよね。
『太く短く』なんて大層な人生ではありませんが、『なった時はなった時』なので、自分なりにスッキリ逝きたいと昔から思っていたりします。
会社の雑談 『大病を患ったらどうする?』延命措置はナシと家族に伝えてある
「家族や知人に延命措置を行った人がいるけど、結局延命であって助かるわけでもなければ回復する訳でもないみたい。
確かに生きてる期間を延長させることはできるけど、あくまで『延命』であって意識が回復したり、持った通りに喋れるようになるわけではないんだよね。
植物人間って言葉があるけど、まさにその通り。
息をして、物音とかに反応して目も開くけど、言葉が発するわけではなく、何かの仕草を見せるわけでもない。
これって本当に生きてると言えるかどうかがまず疑わしいと思うし、第一に自分がそんな風にはなりたくない。
一番最悪なのは自分の意識があっても自分で何もできないということ。
例えば周囲の声が聞こえているのに、何も返事をする事ができないとか、最悪すぎない?
ただただ残された時間を無理やり延長され、家庭経済が圧迫して、自分が消えた後に何も残らないどころか、残された家族には生活苦が待ち構えている。
それまでの消える自分も地獄かもしれないけど、残された家族はさらに地獄だよね。
だからすでに家族には言ってるけど、俺が何かしらの大病を患ってどうにもならなくなった時、例えば医者が
『延命措置をしますか?』
って聞いてくる場面があったとした場合、即座にNOと答えろと言ってあるよ。
YESとか言ったら恨むともね。
さっさとお金を残す方向に考えを向けて、俺に使うはずだったお金を飯なり旅行なり楽しむ方向で使ってもらった方が、その先を生き続ける人にとって完全に有意義でしょ?
俺も苦しまないで済むから、結果的にこれ以上の喜びはないと思うんだ」
この話のポイント
子供の頃から思っていますが、延命措置ってどうなんでしょうね。
以前子供が幼い頃、母親の病院に付き添った際、広い病院内をうろつき始めたことがあったんですね。
当時3、4歳ぐらいでしたね。
僕も子供がどこに行くのかと興味を持って何も言わずに一緒にくっついていったのですが、偶然か必然か、重病患者が集められるフロアに行ってしまいました。
開け放たれたドアの向こうの病室には『骨に皮をつけただけのような姿の人間』がそれぞれのベッドに横たわっており、蠟人形と言わんばかりに誰もが微動だにしていなかったのがとても印象的でしたね。
どんな理由で生かされてるかは皆目検討もつきませんが、僕個人が言うのであれば、それは生きてるとは言わないのでは?
また僕は同じような状況に陥って、もし考えることが可能であったとするならば、これ以上ない生き地獄であり、同時に家庭予算や税金の無駄遣いだと思います。
会社の雑談 『大病を患ったらどうする?』まとめと真面目な話
ということで『大病を患ったらどうする?』についての雑談でした。
病気なんて誰もが経験したくない苦難の1つですが、生きている以上、どうしても意識的に避けられない難題の1つですね。
なお、僕は前日の通り『さっさと消えたい派』なのですが、家族思いでそう言った判断をしているわけではありません。
なんというか、
『そんな考えを持つのも面倒臭い』
と思う性格ななんです。
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他にも色々と話していますので、話題を知りたい方は目次からどうぞ。
